438: 名無しさん@おーぷん 2016/02/13(土)07:45:02 ID:dtc
毒親系の話が続いてごめんなさい

母が足を悪くして介護のために仕事を辞めたのが四年前。
あれこれ文句言われて怒鳴られながらも頑張った
大学生の妹も手伝ってくれたけど、
怒鳴られる妹を見るのは辛かったからほとんど私がやった
 


昔から私と妹にばかり辛辣な母だったから怒鳴られるのには慣れていた
私と妹にばかり色んな制限を課してくる母だったから自分の惨めな境遇もどうでもよかった
というか麻痺してたんだと思う
家を捨てるまでは怒鳴られようが馬鹿にされようが何とも思わなかった
路地裏で背後から羽交い絞めにされて逃げた時も、
親しくしていた友人が早世した時も、
今からだと考えられないことだけど全く怖いとか悲しいと思えなかった

あの状況、というか人生そのものに転機が訪れたのは凄く些細なことだった
晩ご飯食べながらニュースを見てた時に、
詳しい内容は忘れたけど介護業界が云々みたいなニュースが流れたのよ

以下弟(大学生)が語ったこと要約

・介護は本来女の仕事
・他人に任せるなんて情がない
・家族の絆が薄くなっている
・女が楽をするようになったからいけない
・個人主義と行き過ぎた人権と自由をはき違えた生き方が問題
・欧米の価値観を取り入れたのがいけない。古き良き時代に帰るべきだ
なんか演説しだした弟
うんうんと頷く父と母

それを見てなんかが切れちゃったんだよね
プッツンって音が本当に聞こえた気がした
同時に、ふっと視界が開けたような気がした
別に私が我慢しなくてもいいんだって、
人からみれば凄くしょうもないことかもだけど、あれは確かに天啓だった

私が出ていけば次にこの家の犠牲者になるとは妹だと思った
離職前の貯金があれば当面の生活費+妹の大学の学費は捻出できると思って妹を連れて家から脱出した
幸いにして資格持ちだったので再就職は楽だった。
妹も私も成人していたので手続きやら何やらで苦労することもなかった

めでたく妹の就職が決まったのでこれで私の心配事はなくなった
家を出て一年近く経つのに
未だ弟から罵詈雑言&救援要請メールが届く
もうどうでもいいけどね
そんなに家族の絆とやらを維持しつづけたいなら娘のことも大事にしろや

440: 名無しさん@おーぷん 2016/02/13(土)08:39:45 ID:YAZ
自分と差別されて育つ不憫な姉妹を眺めながら育った結果、
常に自分が優先されて当然、女に比べて男である自分が尊ばれて当然という考えを植え付けられモラハラや女叩きに走る男多すぎぃ!

441: 名無しさん@おーぷん 2016/02/13(土)11:13:57 ID:YAZ
なんか他人事みたいに書き込んじゃったけど、
よくよく思い返すとうちも怒りっぽくて短気な母親に私ばっかり怒鳴られてたなぁ
弟より成績よかったのに日常生活への締め付けは私の方がキツかった
当時は悩みに悩んだ
娘と自分の境界線を引けず娘への遠慮を知らない母親〜とか、
男性に比べて礼儀正しく従順であることが求められる女性に対する抑圧が親から子においても生じる〜とか、アホな頭を総動員して図書館から借りてきた本で色々調べてみた
そんでもって(母もこうなるように仕向けられてしまった被害者なのかな…)って結論に至った当時の私は、何を思ったのか母が何を言ってきても
「そっか。辛かったね」
「可哀想に」
だけを繰り返すようになった
しばらくすると母は私に話しかけてこなくなった
楽だったからそのまま放置した

実は結婚して子供ができた今も母とは会話してない
ぶっちゃけかなり穏やかに過ごせてるから、
別にシぬまでこのままでもいいかなーとか思いつつある…







引用元: 復讐とまではいかないちょっとしたいたずらや仕返しを語れ 3